穴から、 兎ほどの大きさをした薔薇 色の塊が、ジェリー状の細 管を躍らせ這い出て来た。 罪 人を逃した、セファロタス フォリキュラリスの牢獄は 、その燃える鉄格子を虚ろ のまま開け放ち、糸を引く 有刺鉄線を懶惰に枝垂れさ せ敗北を示す。ライトの一 眼に光る肉体はにきにきと 生命を照り返し、十本の飼 い蚕を地面に沿わせ邁進し ていた。爛熟と新鮮とを兼 ねたいびつな頭部は果実か膿瘍か、悪意 を秘めて鈍く円転する。赤いジャム を塗られた瞼は閉ざされ、 吊り上げられた眉間と垂れ 下がった目尻が模っている のは殆ど悲愴に近い恍惚だ 。 口腔 には 粘膜 が張られ、餌を求める水面 の魚を真似て開閉を繰り返 しているが、言葉が発せら れることは決して無い。時 折取り憑かれたような硬直 と痙攣とを見せるが、肉を 刺す千の針の痛みを堪える 様子は、凝縮した嵐が中で 渦巻き暴れているようでも あった。腹部から伸びてい る一本の蔦が、閉じ込めた 氾濫に煩悶している。主人 、或いは従僕の喪失に、灰 桃色の花弁を飛散させては の た 打 つ 。 地下室には巨大なアンプリファイアーがあった。 凛冽さをもつ沈黙で燦々と闇を輝かせ、 一滴の慰みすら含まない視線が運動を瞬間凍りつかせるが、 四肢は奪い合うようにしてコンクリートの床を走り、 青黒に濡れて汚らしく垂涎するダクトは、 掠れた呼気を吐き付けている唇へと突き刺さる。 眼が開いた、世界を見た、ステージの上だった、地下室には観客が犇いていた、殺意のような光が飛び交っていた、両の腕が膜を突き破った、咽喉を内側から掻き毟った、真赤な叫びが鋭利な金属片となって散らばった、狂熱と激情とが錯綜し密生する六面体が揺れた、これが声これが音これが歌これが振動、肉体が新生の悦びに打ち震え、慄き漲り迸って爆ぜた。 back |