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踊り子トマト






























 手術室を溶かしたような色の、底の見えない湖へ知らない女と入水する夢をみていた。泳ぐつもりだったのか溺れるためだったのかはわからないが、女は幸せそうな顔をしていて、おれはそれを見ていたくないがために、水面に浮かぶ植物の死骸が回転するのをずっと眺めていたことを覚えている。岸に群生している花だろう。水に濡れ、腐敗しかけてはいるが、踊り子のような花弁でおれを見つめ返している姿は生きているそれよりも凛々しい。そのあと女とどうなったかは覚えていない。二人で沈んだのだろうか。水面の花は、温かい動物の皮を剥いだときに見える肉と血の色をしていた。
 むき出しの水道管と女の首輪とをつなぐ鎖の音で目がさめる。外は雨らしい。時計がないためこの薄暗さが朝なのか夜なのかはっきりとは判断できないが、眠りにつく前よりいくらかは明るい。ベッドの下に落ちている煙草の箱に手を伸ばす。部屋のものすべての輪郭が消えかかっている。テーブルの横には女の服と下着とが丸めて置いてある。いったい何日が過ぎたのだろうか。上体を起こし煙草に火をつける。おれはこのワンルームの浴室で、女を飼っている。
 向こうもこちらが起きた気配に気がついたのだろう。浴槽に鎖を打ち付ける音がいよいようるさくなる。冷蔵庫の前まで歩き、中の袋を手に取る。おれは女を飼う際に二つだけ命令を与えていた。決して声を出してはいけないことと、おれが与えるトマト以外のものを口にしてはいけないことと。浴室のドアを開け、シャワーカーテンを退ける。両手足に枷を嵌め、首輪から鎖を垂らしたトマトまみれの女が仰向けになっておれを睨んでいる。黒髪の張り付いた頬を強張らせ、爛れたように赤い口元と胸とを震わせている。おれは昨日トマトと一緒に置いておいた食べかけのジャムトーストが見当たらないことに気がついた。女に問い詰めると、食い縛っていた歯を鳴らして何か呻くように二言三言短い声を発したが、慌てて口を閉じた後はそれ以上の挙動を見せようとしない。メンソールの煙に混じって、鬱屈した思春期のような酸っぱいにおいが鼻をかすめた。おれは袋の中のトマトを一つ掴み、首輪の鎖を引いて突き出てきた女の口へそれを押し付ける。見開かれていた女の目に潰れたトマトの中身が飛び散る。女は首を振りながらも、必死に相槌を打つようにしてトマトを飲み込もうとするが、そのほとんどが胸の上か浴槽へと吐き出される。それは構わなかった。この後この女は、浴槽の底を舐めずってトマトの残骸をかき集めることになるのだから。煙草の火を消し、その様子を眺めながら再び袋の中に手を入れて反応を伺う。呼吸を荒らげこそしているものの、声らしい声を発さないことに感心したおれはまだ欲しいかと訊ね、やや小さめのトマトのヘタを摘まんで女に見せる。真っ白い肌が紅潮したように濡れている。
 女を浴槽の縁へ座らせ、足枷を外してやる。足首は黒ずみ、爪の間にはトマトの皮が挟まっている。太腿に手をかけ脚を広げる。女は上半身を捻らせおれから目を背けてはいるものの、それ以上の抵抗を見せようとはしない。弛緩し切った手足が小さく震えている。恐らくこれから起こることを想像し、恐怖と期待の混じった恍惚で思うように力が入らないのだろう。薄ピンク色の唾液が顎を伝って垂れ落ちる。おれは声を出すなよとだけ女に伝え、摘まんでいたトマトを膣口へ宛てがった。首の後ろで交差していた腕が浴室の壁を叩く。爪先を伸ばし、脚の付け根を痙攣させてのた打つが、構わずトマトを押し込んでいく。おれは発光する肉の中に埋もれていくトマトを見つめながら、夢でみた花のことを思い出していた。もしあの花が人を喰う植物だったら、迷わず喰われにいくだろう。言いつけ通り声を押し殺して喘いでいるこの女や、すべてを諦めたように笑っていた夢の女よりも、美しい花だった。
 赤子の拳ほどあったトマトがすべて膣内に収まる。女は失禁していた。おれは顔にかかったものを拭いながら、膣口からトマトのヘタを生やし未だ身体を顫動させ続けている女を見下ろしていた。まるで新しい臓器だった。トマトは子宮の傍でこれからも脈打つのだろう。そして女は、我が子に対するような愛情でそのトマトを慈しむに違いない。急にそれが憎らしく思えてきた。おれは袋の中に残ったトマトを掴んで女へ投げ付ける。女の額や頬や首筋に、胸や腹や太腿に、濡れた花が燃え付く。女は気を失っていた。浴室は静まり返っていた。雨は止んだのだろうか。おれは振りかざした腕を下ろし、その手に残った最後のトマトを見つめた。もう女はいない。おれは湖には沈まない。トマトを両の掌で包み込み、潰し、その中に顔を埋める。死んだ踊り子が、羽ばたくように回転している。








































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